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二月の星のうえ

テイルズが好きです。ほぼネタバレに配慮していない感想です。

【ベルセリア】僕と君の名前。ライフィセットとマオテラスについて

この記事はこちらのやはぎさん(@27_ya_)のツイートにいたく感銘を受けて作成いたしました。読んだ瞬間にすーっと納得できて、感動しました。どうもありがとうございます。

 

どうしてフィーは最後にわざわざ自分をマオテラスと呼ぶように言ったのか、単純にZに繋がるからという理由以外の必然性について、自分なりにも考えたいと思います。

まずは、聖隷ライフィセットがその名前を貰うまでの過程を簡単におさらいします。

・10年前の「開門の日」に、セリカのお腹の子どもの転生体として誕生。
・その後はメルキオルに連れられて聖寮の庇護下にあったか。
・本編開始前に、聖隷二号としてテレサへ配属される。
・ヘラヴィーサでの暴動のなか、ベルベットに連れられて同行することに。
・ヴォーティガンで、ベルベットがとっさに「ライフィセット」と呼んでしまい、以後それが彼の名前になる。
・アルトリウスに殺されたベルベットの弟の名前が「ライフィセット」だったことを知る。
・エレノアと契約して、真名「マオテラス」と付けてもらう。 

フィーにはもともと名前がありませんでしたが、成り行きでベルベットたちと一緒になり、ベルベットがとっさに呼んだ「ライフィセット」という名前がそのまま与えられることになりました。
どうして死んだ弟の名前なんか付けるんだろう、フィーがそれ知ったらショックだろうなあ、と一周目はぼんやりと思っていました。ベルベットにとって「ライフィセット」という名前は、ありふれた名前でなく、自分の弟だけがもつ特別な名前だったはずなのに、いつでも放り出していけるような子にかんたんにあげちゃうのも、ちょっと理解するのが難しい。
きっと、フィーを「ライフィセット」と呼ぶたびに、弟がここにいないことを思い出していたと思う。「ライフィセット」「そうじゃない違う」と繰り返し、弟の不在を証明し続けていたと思う。
とはいえ、ベルベットがあえて「ライフィセット」という名前をある意味ぞんざいに扱った、とも考えにくい。アルトリウスへの憎悪を忘れないための戒めとして名付けた、というのもあまりしっくりこない。だってベルベットは、最初からフィーの手をしっかり握っていたんだもの。

表面的には「やばくなったら捨てればいい」などと言いつつも、歳がちかく見た目も似ているフィーに弟を重ねていることを自覚して、それでも、羅針盤を見て目を輝かせるフィーに、弟へ向けたものとも違う本能的な愛情を覚えていたんだと思います。

ヴォーティガンの海門での出来事は、ベルベットが3年前にラフィを救えなかったシーンの繰り返しでした。彼女は、今度こそ「ライフィセット」の手を掴み、救えた。もしもここでまた「ライフィセット」を失っていたら、さすがのベルベットも心が折れてしまったと思います。

その後、業魔化しかかったライフィセットはエレノアと契約し、真名を与えられます。
B-Z世界には共通して「真名」という概念がありますが、その定義は以下のようなものです。

真名
聖隷が人と契約する際に必要となる古代語の名前。聖隷にとって真名は特別な意味をもち、契約者以外に自分の真名を告げることは、同性に対しては信頼の証、異性に対しては愛の告白に近いものとなる。(ベルセリア公式コンプリートガイド)

さて、この真名はたいへん特別な名前なので、フィーは最後までエレノア以外には明かしませんでした。

ベルベットは、フィーがエノレアの”モノ”になってしまったことに少し嫉妬して、「あたしを一番、エレノアを二番にしなさい」と釘を刺しますが、フィーもある時点までは彼女らふたりとの距離をうまく保っているようでした。
それが崩れたのは、ベルベットがうっかり「ラフィ」と呼んでしまった釣りイベントのときです。
フィーは、ベルベットの殺された弟の名前が「ライフィセット」だということは知っていて、悪気はなくともベルベットが自分に弟を重ねてしまっていることもわかっていたと思います。でも、「生きている」ということを教えてくれて、名前や羅針盤をくれた彼女が好きだったから、あえてそれを理由に卑屈になったりすることもありませんでした。
けれども、ベルベットが自分を間違えて弟の愛称で「ラフィ」と呼び、「ラフィ」にするように子ども扱いしたことで、少し拗ねてしまいます。ベルベットが見ているのは自分じゃなくて「ラフィ」なんだ、と感じて、僕のことを認めてもらわなきゃと焦って。意思を封じられていた頃じゃ、こんな想いをすることもなかったんだなとしみじみしますが。
結局、ベルベットは「あんたはあんた」と言い、「フィー」という愛称を与える。自分だけの人生を歩き始めたフィーに、弟とは違う彼だけの名前を与えることは、たぶんベルベットも心のどこかで考えていたのだろうと思いますが、それがフィー本人からの求めに応じて引き出された、というのも良い場面だと思います。
ここの嬉しそうなフィーの表情がほんと好きです。フィーはただ一言、ベルベットに「あんたはラフィとは違う。あたしにとって、あんたはあんたよ」と言って欲しくて、そして一番欲しい言葉をくれたベルベットにもっと懐いてしまうのですね。 

こうして新たな名前という「自分の拠り所」を得たフィーでしたが、復活したカノヌシの正体がベルベットの弟のかたちをしていたため、また、自身の存在について向き合っていくことになります。

ただ、この頃のフィーはもう「いい男」になっているので、存在が脅かされているのはむしろ不安定なカノヌシ(ラフィ)の方ですよね。
彼がフィーを敵視するのは、自分の一部であるということと、「お姉ちゃんの隣にいる」のが気に食わないから。もし自分が生きていたら、お姉ちゃんと一緒にいるのは僕のはずなのに、と記憶だけになっていたとしてもラフィは悔しくて泣いていたと思います。
フィーにラフィを重ねていたのは、ベルベットだけではなく、カノヌシ自身もそうだった。
けれどもフィーは、セリカの子の転生体・カノヌシの一部ではあることは認めつつも、彼自身やその人生は、その実、ベルベットらとはなんの関係もないのです。彼はベルベットの弟でも甥っ子でもないし、他人です。ベルベットにはラフィという弟がいたし、ベルベットは一生その不在を他のもので埋めようとはしないでしょう。フィーはどうやってもベルベットの弟にはなれない。
だから、カノヌシがフィーを敵視する必要はないんですよ、お姉ちゃんの弟は僕だけだって自信を持って、堂々としてていいのに。
けどやっぱり「ひとつ分の陽だまりにふたつはちょっと入れない」ってことなんですよね。

カノヌシとライフィセットの関係を考えるとき、私はテイルズオブジアビスのルークとアッシュの関係を思い出すのですが(すいません。またアビスのネタバレというかかなり主観的な説明です……)

 

彼らはオリジナルとレプリカの関係にあるのは確かだけれども、どちらもひとりの人間で、どちらもそれぞれ大事に想ってくれる人がいました。ただ、みんながそれを理解し、認めてくれていたとしても、それでも本人のわだかまりは簡単に消えるものではありません。
面白いのが、最終的に存在が脅かされたのはオリジナルのアッシュの方だったということ。
「俺はアッシュの劣化レプリカだから……」と卑屈だったルークに、アッシュはずっとイライラしていました。でも終盤になってルークが「俺はお前とは違う」と言えるようになると、アッシュは狼狽えてしまいます。アッシュは自分がオリジナルでルークがレプリカだという事実に、どこか優越感を感じ、安堵していた。でも、アッシュが上とか下とかレプリカとオリジナルの関係性にこだわっている間に、ルークはそこを飛び越えてひとりの人間として成長してしまった。そうすると、今度はアッシュの精神の方が相対的に幼いという事実に彼自身愕然としてしまう。ルークを劣化品として下に見ているおかげで保たれていた優越性が崩れて、アッシュの自己は一時的に何を拠り所にすればいいかわからなくなってしまった。だから「ヴァンの弟子は俺だけだ」とか急に子どもみたいなことを言って、決着をつけようと言い出した。ルークが自我を確立したことが、かえってアッシュの二律背反を引き起こす。ひとつの場所にふたつは入れるのか?難しい話です。

 

フィーもたぶん、ラフィに対して、心のどこかでずっと負い目というかひっかかっている部分があったと思います。彼はもうラフィとの対比で自己を認識する必要のないくらい成長したし、羅針盤がなくても自分の進む方向は決められるようになった。

それでも、自分がいる限り「ライフィセット」はベルベットの隣に戻ってこられないんじゃないか?って、頭の片隅で考えていたのかなと思います。

それが冒頭で引用させていただいたとおり、エンディングのシーンに繋がっているのかな、と感じました。
「ライフィセット」という名前は格好いい名前だという感じがしますが、この世界ではどちらかというとラフィとかフィーって響きは子どもっぽいみたいで。聖主・ドラゴンの姿には似合わないと思うから、とフィーは言っていました。「ベルベットがくれた大事な名前」だとも。
でもあえてその大事なライフィセットという名前をやめたのは、「カノヌシに名前を返したから」ってするのがあーすごくしっくりくるなと思いました。すごい。
もちろん、フィーがライフィセットとして生きた時間や記憶は、借り物でもなんでもない、フィーだけのものです。それがきちんと理解できているからこそ、の選択だったのかなという気もします。

フィーって、ベルベットとエレノアの板挟みになったときも、すごく距離の取り方がうまくて、シアリーズ(転生前の母)に対しても不思議なくらい穏やかに「安心してね……お母さん」って言えて、アルトリウスにも「さようなら……」ってたぶん本当に心から言えてるんですよね……。
この精神的な芯の強さってどこからくるんだろう、と考えていたのですが、やっぱり最初から「他人に決められるのではなく、自分で自分らしく生きる」ことを、パーティメンバーから直接・間接的に教えられて育ったからこそなのかな、と思いました。たしかに意思のない頃に比べれば急激な成長に見えるけれども、フィーは表面的な強さよりもまず心の芯になる部分がしっかり作られたから、だから肉が切られても骨は残るように、多少のことでは揺るがずに、許容できてしまうんだろうって。 

「許してあげる」という台詞を、フィーは二度口にします。
たぶん、ラフィに「ライフィセット」の名前を返したときも、「ベルベットのために痛いのも怖いのも我慢したんだよね。だからもう許してあげるよ」と言っていたのかも。
そして、「僕の名前になってくれて、ありがとう。『ライフィセット』」と言うのかな。

ベルベットの気持ちも自分の気持ちもラフィの想いさえも全部受け止める心の深さは、まさに彼の「魔を照らす」という名前にぴったりだと思います。
魔を「浄化する」でも「祓う」でも「打ち消す」でもなく、ただ照らす。その光をうけた世界では、どんな人も、間違えても許されながら強くなっていけるのかなあ。

エンディングで、フィーは一歩退いたところから、ベルベットとラフィを見ている。ラフィはもう、返してもらった名前を胸に、カノヌシからライフィセットに戻って、自分だけの人生を歩きだした。
ラフィのつくった世界の先に、フィーのつくる世界があって。世界への優しさに満ちた愛は途切れることなく、そしてフィーのつくった世界にも、きっとベルベットとライフィセットは生きているんだ。

記事の作成にあたり快く引用を承諾してくださったやはぎさんに、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。