二月の星のうえ

テイルズが好きです。ほぼネタバレに配慮していない個人的な感想です。

【ベルセリア】カノヌシの復活についてあれこれ考えたこと

「カノヌシの復活」はゲーム中でも重要なイベントのひとつです。
しかしどうもこのメカニズムがよくわからないままなので、設定資料集が出る前に個人的な考えを整理してみました。

前提として

カノヌシが通常どおり(2人の生贄をつかって人為的に)復活した場合はこんな感じになることが予想される。 

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この場合については、次のような疑問が残る。

・復活したカノヌシの本体は、ライフィセットの例のように、生贄AまたはBの姿(と記憶)をもつのか?
・生贄となった人間の心の要素は引き継がれるのか?
・カノヌシ自身の心や姿はあるのか?

 また、ゲーム中で起こったカノヌシの復活に関しては次の疑問がある。

・フィーはセリカの子どもが本来なるはずだった姿なのか?カノヌシ自身の姿は存在するのか?
・カノヌシの半身であり「心」であるはずのフィーに「カノヌシの意思」がほとんど感じられないが、カノヌシ自身の心というものは存在するのか?

カノヌシ自身の・本来の姿というのがまったく見えないのは、やはり安全弁というシステムとして存在しているためなのかなあ。
細かいことだけど、説明されたらすっきりするんだけどな、という部分。

 

攻略本による説明について

11/18発売のファミ通攻略本にて、次のような説明がありました。 

ライフィセット・クラウ【人物】
転生によってカノヌシそのものになった彼は、アルトリウスとともに人の世界を理へと導こうとする。 

私はこれを読んだときに少し違和感を覚えたので、その理由を説明します。

以前の記事(http://uonoushiro.hateblo.jp/entry/2016/09/18/143941)や他にも何度か書きましたが、ゲーム中で「カノヌシ」が何者なのかはあまりはっきりと説明されておらず、プレイヤーにとっても「復活したカノヌシはどうやら弟の身体を借りているだけではないようだがその正体はよくわからない」という状態で進行します。 

一方、公式コンプリートガイド(9/17発売)では、カノヌシの正体について次のように説明しています。これはゲーム中にもないかなり具体的な説明ですが、筋は通っており十分な説得力があります。

カノヌシ【聖隷名】
カノヌシは心と本体の2つに分けて封印されており、本来はそれが同時に復活するのだが、開門の日に聖隷ライフィセットとして心だけが復活していたため、降臨の日に復活した聖主カノヌシは、弟ライフィセットの記憶をもちながら心をもたない存在となった。それゆえカノヌシはベルベットを「大好きだった」とは言うものの、ベルベットに対する愛情がなかった。 

ライフィセット・クラウ【人名】
降臨の日に鎮めの祠で生贄となり、ライフィセットの記憶をもったままカノヌシとして復活した。 

ライフィセット【聖隷名】
カノヌシによって意思を抑えられていたが、テレサのもとを離れてベルベットたちと行動するうち、しだいに自分の意思で生きかたを選ぶことを覚えていく。(中略)実はベルベットの姉セリカのお腹の子が、カノヌシの心として復活した聖隷であり、カノヌシの本体が封印された際には、四聖主の均衡を保つ役目をになうことを決意。

ファミ通攻略本の方は「ラフィはカノヌシに転生した」と書いていますが、ゲームでも、公式コンプリートガイドでも、「転生」ではなく、この現象は一貫して「復活」と呼ばれていたと思います。

確かにラフィは<一度死に、再び新しい肉体をもって現世に再生した>といえるので、転生でも間違いではありません。確かに転生はしている。
しかし転生と復活の何が違うのか……というか、どうしてファミ通攻略本以外では一度も「転生した」と言われなかったのか。些細なことですが、個人的にはとてもひっかかります。 

なぜ「転生」ではなく「復活」の語を使うのか

まず、ベルセリア-ゼスティリア世界では、<人間から聖隷に転生する場合は人間時の記憶は失われる>という設定がありました。
大切なものや嗜好は多少引き継がれるようですが、自分が誰だったのかとか細かいことは原則として覚えていません。 

ただしこれには例外としてシアリーズの例があります。
セリカの魂はカノヌシ復活の儀式とは無関係でした。しかし緋の夜の儀式の際に転生していたことや、再度カノヌシが復活した緋の夜にも居合わせていたことから、彼女が記憶を取り戻したことにはなにかしらカノヌシの影響があったのではないかと言われています。

ラフィの例のように、カノヌシに生贄の姿や記憶などを保持したまま復活する性質があるのならば、シアリーズが例外的に記憶を取り戻した件は、カノヌシの儀式と同じタイミングで転生したために起きたイレギュラーであると説明することはできます。

ですので、カノヌシ復活儀式に伴う転生では、通常の転生とは違うことが起きるとすることは可能です。「ラフィの記憶を持ったまま転生」というのはあり得ることです。

しかし、というか言葉の意味的に、そもそも、転生とは<新しく聖隷が誕生する>という意味を孕むだから、すでに存在し封印されていたカノヌシが「転生した」とは言わないんじゃないかなあと思います。

封印されていたんだから、「復活した」としか言いようがない。
ゆえにゲームやコンプリートガイドは「転生」ではなく「復活」という書き方をしているのだと思います。
「ラフィが転生したカノヌシ」じゃなくて、「ラフィを生贄にして復活したカノヌシ」でしかないのでは。

 

だからこそ。
カノヌシは、単なるラフィの転生体ではないから、ベルベットをはじめとした人々は彼をどう扱えばいいかわからなかった。
見た目はラフィで、ラフィの記憶をもった聖主カノヌシで。ソレはセリカのお腹の子とラフィの命を生贄にして復活したモノ。
安易に<ラフィ→転生→カノヌシ>としていいような存在ではないと思います。 

同じことはカノヌシの心として復活したフィーにもいえるのですが、ラフィとフィーには明確な違いがあるような気がします。
それは、復活する際に、もとの魂の付着物が落とされたかどうかの違いではないでしょうか。

フィーの場合は、一度死に、その魂がなんらかの過程を経て、もっといえば魂の付着物(人間だったときの記憶等)は洗い流されてから、現世に再生する、というほぼ通常の転生と変わらない状態で生まれたように思います。通常の聖隷と同じように、人間時の記憶や人格は引き継いでいないのではないでしょうか。(ここは生まれる前なのでなんともいえないけど)
だからフィーの場合は、転生でも復活でも、どちらでも個人的に違和感はありません。 

一方で、ラフィの場合は記憶や姿を受け継いでしまい、さらにその記憶から形成された擬似人格でさえもあるので、他の転生例とは明らかに質がちがう。
あまりにもラフィに近いソレは、転生というほどに生まれ変わっているわけでもないし、もとからあるカノヌシという役にいわば成り代わったような状態です。
これは果たして「転生」と呼んでいいものなのだろうか。

ゆえに、ラフィの場合はとくに、転生ではなく「カノヌシとして復活」という語を使うに留めたのかなと勝手に思っています。
そして、魂が消化されきっていない、半ラフィのようなあいまいな状態だからこそ、ベルベットは惑わされた。つまり、ベルベットを惑わすためには、カノヌシは弟に限りなく近くかつ得体の知れないものである必要があったということになります。

そして、フィーやシアリーズは、自分が人間だったときにどんな存在だったか知ってしまった。
けれども「自分はもうその人ではない、心が違う」ということをわかっているから、彼とは別の人だと言うことができる。とはいえ完全な他人というわけでもなく、切り離すことのできない大切な存在といった感覚です。 

しかしカノヌシの場合はそうではない。
転生して新たな聖隷として生まれたのではないし、その見た目と記憶がカノヌシに引き継がれているからラフィという存在が完全に消えたわけでもない。カノヌシともラフィとも言い切れない曖昧なモノが生まれてしまったということなのです。

あれはラフィじゃない、でももしかしたらラフィなのかもしれない。よくわからないからこそ、ソレの口から出る言葉にベルベットは動揺して絶望しそうになったんじゃないか。

ベルセリアは「感情と理性」など多くの二項対立で構成されており、一見わかりやすくもあるけれど、この「カノヌシ」の多元性はそこにあてはめられないと思う。
カノヌシはどの線でも切り分けることができない、というところがその本質ではないか。

設定資料集で新しい情報が出るかどうか期待しています。

テイルズ オブ ベルセリア 公式設定資料集 (BANDAI NAMCO Entertainment Books 56)

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