二月の星のうえ

テイルズが好きです。ほぼネタバレに配慮していない個人的な感想です。

【TOZX#25】彼らの世界は閉じることのなく(アニメ ゼスティリアザクロス26話感想)

4/29にテイルズ オブ ゼスティリア ザ クロス #25「伝承」が放送され、アニメもめでたく最終回を迎えました。
作画も綺麗だし話も丁寧につくられていて素晴らしい作品でした。本当に心から楽しめて、とくにアリーシャとロゼが仲良くしているシーンが嬉しすぎて毎回絶対泣いてしまいました……;;ありがとうございました。 
最終回の感想を書いていきたいと思います。 

なお、ゲーム版ゼスティリア・ベルセリアのエンディングまでのネタバレが大量に含まれているのでご注意ください。

 

まずは、スレイが不在になる理由などエンディングがゲーム版とかなり異なっていたので、そのへんを整理。

[ゲーム版]
■スレイが不在になる理由
災禍の顕主を倒したとしても、大地の穢れを鎮めなければ災厄の時代は終わらないと気付いていたスレイは、自分がマオテラスを宿してすべての感覚を遮断すれば、
・導師ほどの素質がなくても従士が浄化の力を振るえる世界
・天族を知覚できる人が増え、人と天族が共存する世界
をもたらせるかもしれないと考えた。
ただし、人々が大地の穢れを鎮めるまでスレイが眠り続けなくてはならなかった。 

■ヘルダルフを救う方法
最後の戦いで、人間の姿に戻ったヘルダルフの胸元にスレイが剣を突き立て、「おやすみ、ヘルダルフ」の言葉とともに”永遠の孤独”を終わらせる。(殺すことが救い。)

[アニメ版]
■スレイが不在になる理由
大量の穢れを纏ったヘルダルフを、長い年月をかけて浄化するため、スレイが彼を地脈のさらに深くへ封印するほかなかった。 

■ヘルダルフを救う方法
一度浄化には成功したものの、人間には戻らず、空になったヘルダルフの体に地脈から吹き出した穢れが流れ込み、新たな災禍の顕主になりかけてしまう。
しかしスレイによって封印され、長い時間をかけて浄化される。その後はどこかの街で人生をやりなおしているらしい。 

ゲームとアニメでは、とくに「穢れ」の捉え方が異なることもあり、ラスボスの生死までもがまったく別の展開になったことに驚きました。
しかし、ゲームでは「殺すことしか救いがなかった」のに対し、ヘルダルフもアイゼンも殺さずにもう一度やり直すチャンスを与えたのは、本当に見事だとしかいいようがありません。

「俺は思う。人は穢れを抱え、日々戒め、それと向かい合う。だから人は強くなれるし、その弱さを認めることができる」というスレイの穢れに対する向き合い方も、ベルセリアというかライフィセット寄りの考えになっているなと感じました。
穢れたっていい、それが人間の弱さであり強さでもあるのだから。心が溢れてしまった人たちが、もう一度やり直せる明日をもたらすこと。それができれば、人はもっと強くなれる、と。

 

穢れとは、星の意思?

個人的に気になった点としては、アニメで描かれた穢れは、ただの情念とか怨念や負のエネルギーに過ぎず、どうもなんらかの《意思をもっている》ようなものになっていたこと。
ヘルダルフを浄化したあと、地脈から穢れが吹き出し、空になった器(ヘルダルフ)に流れ込むシーンがありましたが、それはヘルダルフの意思ではなく「穢れが災禍の顕主を復活させようとしているようだ」とキャラクターたちの口から説明されていました。
さらに、興味深いエドナの考察が。

エドナ「人は穢れを抱え、それと向かい合うことで成長する。もし、この世界も同じだとしたら……?
ミクリオ「世界は穢れを必要としている……?」
ザビーダ「でも、この穢れに世界は耐えられねえ。滅びるぜ」

アイゼンの加護である“死神の呪い”も、不運なことばかりが起きているわけではなく、正確には「その者に必要な成長を促す、厳しくも適切な試練に恵まれる」というものでしたが、穢れにもそのような適切な試練という要素が認められるのだとすると、もはや《穢れとはこの世界が人間に与える加護である》といえそうな気もする。
無意味な災厄でなく、人を成長させるための試練で、この星を発展させるための装置……なのかも。 

ここまで考えたところで、もしかしたらアニメの世界線には、《天界天族による呪いがないのかもしれない》と思いました。
ベルセリアで明かされたこの世界の秘密は、「人間は誰しも穢れを生み出す、しかしそれは天族にとって毒だった。そのため天族は地上ごと人間を滅ぼそうとしたが、一部の天族は人間との共存を願い地上に降りる。その際、天界と地上の間で誓約が交わされたが、誓約を破った反動として地上で業魔化やドラゴン化が起こるようになった」というものでした。
つまり、穢れによる災厄は人のためのもの、この星の意思だとするならば、そこに天界天族の思惑は無関係なので、そもそも天界自体が存在しないか、天界との間に誓約がなかった世界線なんじゃないかなと。

でも、まあそうだとするとこの世界は初期状態から業魔やドラゴンがいて常にハードモードだったということになるけれど。飛躍した妄想でした。

  

話が逸れましたが、「穢れがあってもいいんじゃない。人間だもの」と認めることができたゼスティリアパーティは、エンディングではみんな非常に穏やかな表情で世界をみつめていました。
とくに気になったのは以下の会話。

ザビーダ「穢れも適正量」
エドナ「なんとなく平和。それでいいんじゃない?」

適正量の穢れ」なんて言葉が出てくるとは思いませんでした。穢れを受け止めることができるようになったアニメならではの発言ですよね、とてもいい。
白か黒かじゃなくて、白も黒も受け止めること、それが自分だと受け入れること。 

そして、ベルセリアファンとしてほんとに待望のシーンもありました。
ドラゴンになったアイゼンが「エドナ」とただ一言言葉を発して、エンドロールに森川さんの名前があっただけ。それだけなのに、本当に心の底から浄化されました。

エドナの「お兄ちゃんも、少しずつ……」の言葉のあとに何がくるのかは、想像にお任せということなんだろうけど、少しずつ穢れが浄化されてきているのか、理性が戻ってきているのか、姿も元に戻るのか……とにかく、大地の穢れが少し収まったことで、アイゼン自身も自分と向き合えるようになったんだろうなと思った。
穢れや祈り、これまでの生き方、いろんなことを受け入れられたのかなと思う。アイゼンも、エドナもザビーダも。
エドナの穏やかな表情は、どこかベルセリアエンディングのアイゼンの表情と重なりました。人間と一緒にいて、穢れて、最後にはドラゴンになることを選んだのも、どれも全部お兄ちゃんなのだから。人任せにしないで、自分でどうにかしてしまいそうなのがアイゼンらしくて、本当に嬉しかった。
 

その他のこまかいいくつかの感想

ところで、エンディングでマオテラスはなにしてたんだろうな。
アニメでは、スレイと一緒に眠らなかったこと、ライラがカムランに戻って新しい導師と契約したりしている、パーティメンバーみんな平和ボケしてる(笑)ことから、多少なりともマオテラスが導師スレイにかわって地上の穢れを祓う役目を請け負ったのかなと思っています。
「マオテラスの時代」のように複数の陪神と契約して、その陪神と契約した導師に浄化を任せていたのかもしれません。 

さて、マオテラスが<眠りの世界>にいないこの世界線では、小説版ベルセリアで描かれた、マオテラスとスレイの会話は存在しないことになります。
そして、世界の表からは見えない場所に封印されているベルベットやラフィと、<眠りの世界>でなら会えたのかもしれませんが、アニメの場合は会えない可能性が高いのではと思いました。これから先、また機会があるのかもしれないけれど、今はまだ。ということ。

そのかわり、ヘルダルフとスレイの対話が生まれたのだろう。
きっと、一人の人間として、一対一で、たくさん話したんだと思う。それもコミカライズ版ゼスティリアの彼らのことを思うと、ちょっと泣けてしまう。

地水火風神依スレイと神依アルトリウス。がとっても似ていますね。
それと、スレイはもともと右利きなんだけど神依すると左利きになるのですが、地水火風神依のときだけ、右利きになっていました。アルトリウスと一緒……。
天族の力を借りるから、天族由来の左利きになっていたんだと思うけど、最後の神依はスレイのコントロール化にあったということなのかな。アルトリウスと一緒で。

悠久なる夢

ゲームのエンディングでは、成長したミクリオの前に現れた人の姿は逆光になり誰かわからないように描かれていました。
しかし、アニメではかなりはっきりと、「スレイが帰ってきた」ことが描かれていました。

この部分の解釈はそれぞれに感じたままでいいと思うけど、スレイが帰ってきたのは「数え切れない時間が過ぎたあと」だと思っています。
アリーシャたちが生きているのなら、きっと会話の中で彼女たちのことをきくはずだし、謎の未来的な建造物があるのも、時間の流れを感じさせる。
ミクリオの髪が長くなり、少したくましくなっていて。そして、スレイをみつけて、思わず抱きついて泣いて喜んだこと。ミクリオの涙をみると、スレイがさくっと帰ってきたとはとても思えないです。

さて、ゲーム発売当時から、帰ってきたスレイは人間なのか天族なのか、何者なのか、という議論があったと思います。
アニメ版では、まだ導師の服を着ているし、ミクリオと神依もしていたので、完全な天族属性となったわけではなさそうです。でも、長く眠ったことで、霊応力も増幅しているだろうし、たぶん、人間とはまた違う刻にいるのだと思う。
まあそうでなければ、飽きるまでミクリオと遺跡巡りはできないからね。それがようやく彼らに与えられた幸福な時間。世界からのお礼なんだとおもう。
二人で空を飛び、「これが、世界!」と感激する。イズチから、旅に出た時と同じ視点。今度は夜明けよりも明るくより遠くまで見渡せている。一緒にいるミクリオも自分も、あのときよりずっと強くなっている。

ここで私はテイルズオブジアビスのアニメ版のエンディングを思い出してしまっていたのですが、以下アビスのネタバレです。

消えかかった身体で最後の敵を倒し、世界を救ったルーク。
あれから2年が経つが、「必ず帰る」と約束した彼の姿はどこにもなかった。ティアは、仲間たちとともに、彼と初めて出会ったときに歩いた渓谷を訪れ、彼のために譜歌を歌い上げる。彼が救った人々のことを、思い浮かべながら。
「ルーク。あなたが救った世界は、こんなに綺麗よ。でも……あなたがここにいない……」


主人公の守った世界を見て美しいと思い、しかしそこに彼の不在を見出す。それでも、ずっとずっと彼を待ち続ける……のはふつうだったらアビスのティアのようなヒロインの役なのでやっぱりこの作品はミクリオがヒロインなんだなと思いました。

それから、スレイたちの見た景色に、ゼスティリア、ベルセリアにもなかった建造物や大樹が描かれていて、もしかしたらあれが三部作の最後の世界の景色なのかもしれませんね。


毎週毎週本当に楽しませていただきました。いろいろなゼスティリアを見せてくれてありがとう。本当に幸せな世界だった。原作ありのアニメ作品で、一番好きです。素敵な作品をありがとうございました!!